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技術者は、自然の猛威を想定し、その対策として考えられるかぎりの工夫をしているが、しかし、その最初の想定をどのレベルに置くのか、という点が問題になる。たとえば、雨であれば、どの程度の雨量を想定するか、だ。高く(危険側に)設定すれば安全性は高まるが、コストが跳ね上がる。だから、過去のデータを確率的に処理して、「過去100年に1度のレベルの災害」と、いった想定をしたりする。これは、「過信」ではない。データに基づく「設定」である。どうしても、100%の安全を求めなさい、コストはどれだけかけても良い、といわれれば、喜んでそれを実現するだろう。それは技術的にはほぼ可能である。
技術者が信じている(という表現をするならば、だが)のは、「このレベルまでなら安全だ」という計算であって、それは多くの場合、裏切られない。計算どおりであり、予想外のことはまず起こらない。もし予想外のことが起こるとしたら、なにか見逃した要因があっただけのことだ(これはミスと無知が原因だが例は少ない)。そして、想定したレベルを超えた自然現象が起これば、危険な状態になる(この例が多い)。これも予想されたことである。だからこそ、「警報」などのシステムが存在しているのだ。
技術者が信じている(という表現をするならば、だが)のは、「このレベルまでなら安全だ」という計算であって、それは多くの場合、裏切られない。計算どおりであり、予想外のことはまず起こらない。もし予想外のことが起こるとしたら、なにか見逃した要因があっただけのことだ(これはミスと無知が原因だが例は少ない)。そして、想定したレベルを超えた自然現象が起これば、危険な状態になる(この例が多い)。これも予想されたことである。だからこそ、「警報」などのシステムが存在しているのだ。